
そこから離れて、もう1つの掩体壕に行きました。
市指定史跡 城井(じょうい)一号掩体壕 (H7・3・28指定)です。
ここは、O戦、等の戦闘機の掩体壕です。
小さい壕で、コンクリートの上には、土が覆っています。
先程の、爆撃機の大きさのと比べると、かなりちっちゃく見えます。
公園のようになっていて、説明の碑があって、当時のこのあたり一体の飛行場であった様子が少し判ります。
掩体壕の中に、プロペラとエンジンが、丁度、戦闘機が止まっているような状態の位置に置かれていて、当時の状況をちょっと思い偲ばせてくれます。
ここの掩体壕を後ろから見ますと、土で覆われていることもあって、ちっちゃな小山という感じで、緑があって、ユーモラスも感じて、ちょっとホッとしました。
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ホッとしましたら、ちょっと、あれっ?
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南米アルゼンチンに生まれたエミリオ・アンバースという建築家を思い出しました。
この人で、強烈に印象があるのは、地面の中とか小山の中とかに、掘って一部をオープンにして自然の中に建物を創る、緑をいっぱいに自然チックに取り入れて建物を創る、というプランを知った時でした。
それはとっても暖かく感じたんですね。
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どうしてなのか、不思議なのですが、・・・思い出しました。
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車でここまで走ってきた道路は、実は当時の滑走路だったんだという事も、
先程の大きな掩体壕も、そして、ここの掩体壕も同じ飛行場の中の1つである事も解かりました。
今はもうすかっり、風景は変わってしまっていて、掩体壕がなかったら当時の事は全く判りません。
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直ぐ近くにも、ちいさい掩体壕がありましたが、
ここは個人の持ちものなんでしょう、柵で塞いであって、中に色々のものが置いてあって、それが電化製品であったりして、ちょっとホッとさせられました。
やっぱり平和が一番です。
しっかりと守っていかなくては、と思いました。
掩体壕の話はこれで終わります。
(次回をお楽しみに)